弁護士 藤田晃佑
さて、今回は令和2年3月3日に出された東京地方裁判所の判決を紹介させていただきます。執行役員等によるハラスメント行為の有無や会社の事後対応が適切だったのかが問題となり、ハラスメント行為はあったと判断されたものの、会社の事後対応については義務違反はないと判断された事案です。
1. 事案の概要
派遣先の会社(以下、単に「会社」といいます。)に派遣されて就労していた派遣労働者(以下、単に「労働者」といいます。)が、
- ① 会社の執行役員に対しては、肩を複数回触れられるなどのセクハラ行為を受けたことを理由に
- ② 会社の取締役に対しては、自ら企画した懇親会の場において、当該取締役等と映画等に行くこと等を内容とするくじ引きをさせたことを理由に
- ③ 会社に対しては、不適切な事後対応を理由に
それぞれに慰謝料を請求する訴えを提起しました。
なお、労働者は、本件において上記①~③以外の請求もしていますが、今回は割愛させていただきます。
2. 会社の制度及び本件についての事後対応
(1) 会社の制度
会社は、コンプライアンス規程及び内部統制システム基本方針に基づき、ハラスメントに関する社内の報告、相談窓口を設置するとともに、社内外にホットライン(内部通報制度)を設けており、うち社外ホットライン窓口は外部の法律事務所の弁護士とされていました。
(2) 会社による調査
労働者が社外ホットライン窓口の弁護士に相談をすると、会社は、労働者から事実関係を聴取し、その後、関係者に対する事実関係の聴取等の調査を実施した上で、弁護士に、調査結果に基づく法的助言を依頼しました(ただし、執行役員は既に退職していたことから執行役員に対する調査は実施しませんでした)。
(3) 弁護士による助言内容
弁護士は、調査内容を受け、会社に対し、
- ① 執行役員のセクハラ行為については目撃証言がなく、調査結果を検討してもセクハラ行為の存在を認定することができない
- ② 取締役の行為(懇親会やくじ引き)についてはセクシュアルハラスメントに該当しないが、女性従業員らの意向をくみ取ろうとする配慮に欠ける印象があり、適切さを欠いていた
と助言しました。
(4) 会社の対応
会社の社長は、取締役会において、取締役に対して口頭で厳重注意すること、執行役員のセクハラ行為の存在を認定することができず、かつ執行役員は既に退職しているため処分することができないことを報告した上で、実際に取締役に厳重注意をしました。また、労働者に対しても、取締役の行為はハラスメントとまではいえないが不適切な言動があったとして対応したこと、執行役員については退職しているので対応できないこと、社内研修等により再発防止を図ることを説明しました。
3. 裁判所の判断
(1) 執行役員によるセクハラ行為について
裁判所は、駅のホームにおいて、執行役員が、労働者が手を払って拒否したにもかかわらず労働者の肩に手を回そうとし、この際、労働者の肩に複数回触れたと認定しました。この認定に当たっては、当時、労働者が他の従業員との間でやり取りしていたLINEのメッセージ内容が重要な証拠とされています。
その上で、裁判所は、執行役員に対し、慰謝料5万円の支払いを認めました。
(2) 懇親会の場でくじ引きをさせる行為について
懇親会への参加自体については、強制されたものとは認識されていないことから、人格権侵害はないとされました。
他方で、くじ引きをさせた行為は、労働者を含む女性従業員らにおいて、くじに記載された内容の実現を強いられると感じるものであるなどと認定し、労働者の人格権を侵害したとして、慰謝料5万円の支払いを認めました。
(3) 会社の対応について
① 会社の調査や判断
裁判所は、会社は、取締役による懇親会及びくじ引きについて、労働者が社外ホットラインに通報した後、速やかに関係者に対する事実関係の調査を実施し、弁護士の助言に基づいて取締役の行為を不適切と判断して厳重注意をしたのであって、その調査や判断の過程に不適切な点があったとの事実を認めるに足りる証拠はなく、会社が適切な調査等をしなかったと評価するべき理由はないと判断しました。
また、民法上の不法行為の成否の判断と事業主が取締役等に対して処分等を行うか否かの判断とではその目的も性質も異なるから、判決において取締役の行為が不法行為と判断されたことをもって、会社の調査や取締役に対する処分が不合理であったというべき根拠はないことについても言及しました。
② 退職者に対する対応
裁判所は、労働者が社外ホットラインに通報した当時には既に執行役員は退職しており、会社に執行役員に対する処分をする前提がそもそもなかったのであるから、会社に執行役員に対する調査や処分をするべき義務があったと解する根拠がないことを明らかとしました。
近年、ハラスメントに関する関心は高まり、社内外を問わず研修が多く開かれています。本判決は、ハラスメント行為が行われた可能性があると発覚した場合の会社の対応方法について参考になるかと存じますので、ご紹介させていただきます。
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