弁護士 中村裕介
さて、昨今、新型コロナウイルス感染症の影響による急激な売上減少により従業員の解雇等を行う使用者が急速に増加していることが報道されております。しかしながら、我が国においては、使用者側の事情で行う解雇(いわゆる整理解雇)は容易に認められず、裁判で解雇が無効と判断されるケースが散見されます。そこで、本日は、新型コロナウイルス感染症の影響によって売上が減少し、整理解雇を検討しなければならない場合の留意点について情報配信をさせていただきます。
1. 整理解雇が認められるためには
(1)裁判所における整理解雇の判断手法
売上が減少し経営が苦しいという理由から整理解雇が直ちに認められるわけではありません。裁判例上、整理解雇の有効・無効の判断については、以下の4点を中心に厳しく検討されています。
新型コロナウイルス感染症の影響による売上減少を理由とする整理解雇についても例外ではなく、上記の4点の検討が必要です。
以下では、各別に説明いたします。
(2)人員削減の必要性
いかなる状況があれば人員削減の必要性が認められるかについては裁判例によって見解が分かれており、最も厳格な基準を採用する裁判例は、当該企業が「倒産必至」の状況にあることを求めます。しかし、近時の裁判例は、使用者の経営判断を尊重して、企業が全体として経営危機に陥っていなくても、経営合理化や競争力強化を理由に行われる人員削減に必要性を認める例が増えています。
したがって、新型コロナウイルス感染症の影響で売上が減少し、経営を続けることが困難な状況にあれば、裁判所においても人員削減の必要性が認められやすいと考えられます。ただし、整理解雇の決定後間もなく、大幅な賃上げ、多数の新規採用や高率の株式配当を行う等矛盾した経営行動がとられた場合には人員削減の必要性が否定される可能性がありますので、注意する必要があります。
(3)解雇回避の努力
使用者側の事情で行う従業員の整理解雇は最終手段です。そのため、使用者は、整理解雇を回避するよう努力する義務を負うとされ、努力をせずにいきなり整理解雇という最終手段に出た場合は、ほとんど例外なくその解雇は無効になるといわれています。
整理解雇を回避する具体的な努力としては、広告費・交通費・交際費等の経費削減、時間外労働の中止、新規採用の中止、昇給停止、賞与の支給の中止、配転、労働時間の短縮、一時帰休、非正規社員の労働契約の解消、希望退職の募集、再就職支援等が挙げられます。
また、雇用調整助成金、持続化給付金、各種貸付等の政府や自治体等において多種多様な支援策が実施されている現在においては、整理解雇を行う前に、これらの申請によって整理解雇を回避することができないかを検討をすべきであるといえます。厚労省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(令和2年5月29日時点版)でも、雇用調整助成金等の政府の支援策を活用することでできる限り労働者の雇用の維持に努めるよう要望されております。
(4)対象者選定の合理性
使用者は、整理解雇の対象者の選定をする場合、客観的で合理的な基準(例えば、欠勤日数、遅刻回数、規律(命令)違反歴などの勤務成績や、勤続年数などの企業貢献度等。)を設定し、これを公正に適用して行う必要があります。そもそも基準を設定しなかったり、裁判所が客観的かつ合理的なものではないと判断した基準による整理解雇は無効とされています。
(5)解雇手続の妥当性
労働組合との間で解雇一般または人員整理について組合との協議等を義務付ける労働協約を結んでいる場合は、具体的な人選の基準や当否について労働組合と十分な協議を経ないでなされた解雇は無効となります。また、裁判例上、このような労働協約がない場合にも、使用者は、労働組合や労働者に対して、整理解雇の必要性とその時期・規模・方法につき納得を得るために説明を行い、さらにそれらの者と誠意をもって協議すべき義務を負うとされています。
2. 整理解雇を行う前に
整理解雇後に労働者が解雇無効を主張し、裁判所において無効と判断されれば、使用者は、解雇日後の賃金を支払わなければならず、なおかつ当該労働者を職場復帰させなければならなくなり、企業経営に重大な支障を生じます。前述のとおり、近時の裁判例は整理解雇規制を部分的に緩和する傾向にあると言われておりますが、そのハードルは依然として高く、新型コロナウイルス感染症の影響下にあるというだけで解雇が有効となることはありません。実行にあたっては弁護士と相談の上、周到な準備・検討を行うことが必要不可欠となりますのでご注意ください。