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新型コロナウイルスへの対応 ―休業中の従業員へ賃金等の支払い―

弁護士 中村裕介

さて、令和2年4月7日、新型コロナウイルス感染症の拡大を受けて、埼玉県、千葉県、東京都、神奈川県、大阪府、兵庫県及び福岡県の7都府県を対象地域とする緊急事態宣言が発せられ、さらには、令和2年4月16日、緊急事態宣言の対象地域が全都道府県に拡大されました。本日は、新型コロナウイルス感染症の拡大により発生した最も悩ましい問題の一つである、自宅待機中の従業員への賃金・休業手当の支払義務の有無及び内容について情報配信をさせていただきます。

まとめ

自宅待機中の従業員に対する法律上必要となる支払は、以下の①及び②に整理することができます。

以下では各別に詳論いたします。

2. ①賃金全額の支払義務の有無

雇用契約や就業規則等による別段の定めがない限り、使用者は、従業員の自宅待機につき使用者の帰責事由(故意・過失または信義則上これと同視すべき事由)がある場合には賃金全額を支払う必要があり、他方で、使用者の帰責事由がない場合には賃金全額を支払う義務まではありません。

現時点の状況を踏まえると、感染拡大防止等のために従業員に対して自宅待機を命ずることについて使用者の帰責事由があるとはいえない、つまり自宅待機中の従業員については賃金全額を支払う義務がないといえる事案が多くなっているかと思います。

もっとも、これまでの裁判例は、使用者の帰責事由の有無について、休業によって従業員が被る不利益の程度、使用者側の休業の必要性の内容・程度、従業員側との交渉の経緯、従業員側の対応等の個別事案に応じて多様な事情を総合考慮して判断しており、休業時の社会的情勢のみを根拠として賃金全額の支払義務を免れることはできないと判断している点に注意が必要です。

例えば、いすゞ自動車(雇止め)事件(東京高判平成27年3月26日)では、リーマンショックに伴う急激かつ大幅な受注減少及びそれによる経営状況の悪化により、有期雇用の従業員を3か月以上にわたり休業(平均賃金の60%の休業手当のみ支給)させたケース(なお、正社員及び定年後再雇用従業員については4日間休業(賃金全額を支給))において、使用者の帰責事由を認め、賃金全額の支払義務があると認定しております。

使用者は、以上を踏まえ、自宅待機中の従業員に対する賃金全額の支払の是非を判断するにあたっては、自宅勤務や他の業務への就業の可能性等を考慮の上、休業が必要かつ相当なものであるかどうかを十分検討することが必要となります。

3. ②休業手当(平均賃金の60%以上)の支払義務の有無

①において賃金全額の支払義務がないケースであっても、休業手当(平均賃金の60%以上)の支払義務はあるという場合がございます。

休業手当の支払が必要かどうかは、休業が不可抗力といえるかどうかにより判断されます。休業が不可抗力によるものであれば自宅待機中の従業員に一切支払を行う必要はありませんが、休業が不可抗力によるものと言えない場合には平均賃金の60%以上の休業手当の支払義務が生じます。

まず、大前提として、使用者に賃金全額の支払義務がない場合、従業員に重大な不利益が生じるため、不可抗力が認められるケースは極めて限定的に解釈されているということに留意する必要があります。

具体的には、厚労省「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」(令和2年4月28日時点版 以下「厚労省Q&A 4月28日時点版」といいます。)では、不可抗力が認められるためには、以下の2つの要件をいずれも満たす必要があると述べられております。

  • (i) その原因が事業の外部より発生した事故であること
  • (ii) 事業主が通常の経営者としての最大の注意を尽くしてもなお避けることができない事故であること

厚労省Q&A 4月28日時点版では、(i)について、「例えば、今回の新型インフルエンザ等対策特別措置法に基づく対応が取られる中で、営業を自粛するよう協力依頼や要請などを受けた場合のように、事業の外部において発生した、事業運営を困難にする要因が挙げられます。」とされています。つまり、緊急事態宣言の対象地域ではあるものの都道府県知事から休業要請等を受けていない事業者(現時点における多くの事業者は当該事業者になります。)については、(i)を満たすとは明確に記載されていません。

また、厚労省Q&A 4月28日時点版では、(ii)については、「自宅勤務などの方法により労働者を業務に従事させることが可能な場合において、これを十分に検討しているか」、あるいは「労働者に他に就かせることができる業務があるにもかかわらず休業させていないか」といった事情から判断されると記載されています。つまり、営業を自粛するよう協力依頼や要請などを受けた場合であっても、自宅勤務や他の業務への就業の可能性等があるにもかかわらず従業員を自宅待機させた場合には(ii)を満たさず、不可抗力とはいえない可能性があります。

使用者は、以上を踏まえ、自宅待機中の従業員に対する休業手当の支払の是非を判断するにあたっては、上記の(i)及び(ii)のいずれも満たす状況にあるのかどうかを慎重に検討する必要があります。

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